大人になりきれないおとなの日記みたいなもの

生き辛さや、その時感じた感情など、なかなか他人には言えない事をつらつらと書いていこうかなと。

ほどほど

何事もほどほどが良いのだろう。

仕事しかり、遊びしかり、なにより生き方しかり。言い方を変えれば、適当がいい。別に適当というのは悪い意味では無い。何故か適当と聞くと悪いイメージを持つが、本来の意味は度合いがちょうど良いこと、ふさわしいことという意味だ。全く悪い意味は入っていない。

自分の命や人生、時間、そんなものに比べたら会社なんかどうでもいい。木っ端微塵になくなろうが、どうなろうがかまやしない。お金の心配はその時真剣に考えることにしよう。

他人様との付き合いだってあまり変わらない。嫌なら関係を断つ。続けたい関係なら続くよう適当に頑張る、それで駄目になるならしょうがないことだ。

人生だって、必要以上に頑張る意味なんてない。ちょうど良い加減、適当なところでいいんだ。変に頑張って心身ともに崩すくらいなら適当な落としどころを見つけた方がいい。

問題は、それぞれの適当の探し方、ここが丁度いいとこだろうとどう判断できるのかということか。

いま思いつくのは、これ以上は苦しい領域に入るはと感じたら、やめればいい、とめればいい。何を頑張って、少し先に進もうが、最後はみんな死んで無になるのだから。

理想は、死ぬ瞬間に一文無しとなり、何もこの世に残さないで逝けることが一番いいがそれはあり得そうもない。なるべくその状態に近づけられればそれで良い。

何となく、刹那的な生き方にも聞こえるが、それはそれで良いような気がしてきている。

ニュースを見ると、利権を持ってる人だけがうまい汁を吸ってるようにも見えるが、きっとその人たちにも何かしらの悩みがあり、やがては死ぬ。その利権を得るためにしてきた努力だってあるのだろう。その結果として甘い汁を吸ってるのかもしれない。なんかそう考えるともうどうでも良いやって気になる。

生まれてきたことが苦行なら、そして生きていくことを選ぶなら、なるべく上手く生きて死んでいきたいものだと思う。

どうせ人生は、死ぬまでの暇つぶしなんだから。

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