大人になりきれないおとなの日記みたいなもの

生き辛さや、その時感じた感情など、なかなか他人には言えない事をつらつらと書いていこうかなと。

日曜の夜の不安感

ま、ネットで検索すればいくらでもヒットする内容だろう。自分もほぼ同じ様なことを考えている。社会人なら会社に行きたくないと思うだろう。なぜなのか?それは会社という組織が自分に苦を与える場所だから。

しかし、行かないという選択は普通は出来ない。だから、みんな苦しんでいるのだろう。気持ちと行動が一致させられないから。

この、考え方は間違っているのだろうか?

会社が無ければ、労働の場所が無ければ大半の人は生きてはいけない。ということは、働かないという選択は普通はあり得ないわけだ。何らかの労働をしてお金を稼がなければ生きてはいけないから。そして、自分を含めた大半の人はおそらく今の職業は望んだ結果とは言い難い、もしくは労働そのものをしたくない。という考えなのではないだろうか?

要は楽をして暮らしたい、そういうことなのかな。簡単に言えば逃げだ。逃げたいんだこの現実から。

実際は、逃げるのはとても簡単だ。全てを投げ出せばいいだけだ。今の生活レベル全てを捨てればいいだけ。

しかし、そこでジレンマが起きる。今の生活は捨てられない。でも、労働からの苦しみは勘弁。という矛盾が頭の中で堂々巡りをする。それがとても苦しさをうむのだ。

多分、何らかの考え方の変化がなされない限り、死ぬまでこの苦しさは続くだろう。人間に生まれてきた苦しさの1つと言っていいかもしれない。

綺麗事はいくらでも言えるし、思いつく。でもそれは頭が作り出したもので、気持ちが納得いかないんだ。嫌なものは嫌なんだ。子供が学校に行きたくないと駄々をこねるのと大して変わらない。ただのバカだ。

この歳になってまで、いや、年を経たほうがもっと苦しさが増してくる。なぜこんなにまで人間は苦しみを背負わねばならないのか?

人間に生まれるというのは何かの罰なのだろうか?自分は神や仏の類は信じてはいないが、ただこの点に関しては、罰としか思えない。

他の動物だって、捕食しながら行きているという意味では、人間と大差ないのだろうか?

なら、何かしらに生まれてくるという事自体が何かの罰なのか?

生きるという事には何の意味もないはずだが、何故こんなに苦しいのだろう。そして苦しんだ先に待っているのは、「死」だ。

ほんとよく出来た罰だ。