読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

大人になりきれないおとなの日記みたいなもの

生き辛さや、その時感じた感情など、なかなか他人には言えない事をつらつらと書いていこうかなと。

諦めが必要なのか

生きるには諦めが必要なのか?

自分には将来の夢とか希望、目的といったものが何もない、と思っている。もしかしたら、自分も気づかないところで何かを持っているかもしれないが今の所気付いていない。

朝起きて、出社して、精神的に疲れて、帰宅して、酒飲んで、寝て、朝起きて…繰り返し。こんな人生、生き方に何か意味や希望が見出せるのか?

意味はないだろう。そもそも生きている意味など何もないはず。生物としてたまたま人間に生まれただけのことで、そこには何の意味などない。

今現在、人として生まれて来て、とりあえず経験しておいた方がいいと思えるようなことは済ませた気がする。楽しかった幼少期、戸惑いの青年期、そして就職、恋愛、結婚、離婚。まあ、離婚が必要かは別として。

子育ては自分的に興味がなかったので、経験はないがそれは構わない。あと残っているのは、自身でいうと老と死くらいか。

そこに何かを見出せるだろうか?

正直もうお腹いっぱい感。ただ惰性で生きているだけのような気がする。その惰性の生の為に苦しんで生きている。生きていて全く何も良いことがないわけではないが、苦しさに釣り合うほどではない。他の人は何を糧に生きているのだろうか?こんなことを考えながら生きているのだろうか?死を待って。

現状は過去の積み重ねの上に成り立っているのだろう。よくいう原因と結果というやつだ。ということは、今までの自身の生き方が間違っていたから、こういう今がある。そういうことなのか?

過去は変えられないが、未来なら変えられるというが、それは今をどう生きるかにかかっている。その今に対して、この考え方で臨む限り、決してまともな未来は期待できないだろう。

諦めが肝心なのか。諦めるから終わりなのか。