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大人になりきれないおとなの日記みたいなもの

生き辛さや、その時感じた感情など、なかなか他人には言えない事をつらつらと書いていこうかなと。

不幸だと思う人ほど悩むのか?

もし、毎日が楽しくて仕方ない人は、生きる意味とか目的なんか考えず、ひたすら毎日を楽しく謳歌しているのだろう。

そんな人がいるのなら羨ましい限りだ。

そして、自分のように、何かしらの悩みや不満を持って生きている大多数の人は、おそらく生きる意味を多かれ少なかれ考えるだろう。

何故ここまでして、何故ここまで苦しい思いをしてまで、生きていかなければならないのかと。違うだろうか?

そもそも、人には生きる意味なんてものは存在しないと自分は考えている。たまたま人間に生まれ、寿命が来るまで生物の本能として生きて行くだけのこと。そこには、目的やら、意味など存在しない。

ただ、人には他の動物と大きく違う発達した脳があるがために、「疑問」について答えを求めてしまう。ここでいう疑問は、苦しいのに何故生きるのかという事だ。

この疑問を持たない人は、悩まずある程度楽しく幸せに暮らしていける人だろう。

しかしながら、この疑問を持ってしまうと、答えのない、堂々巡りの悩みを抱え込んでしまうことになる。答えのない難題、

故生きるのか?だ。

この疑問を持ってしまうと、ただただ苦しいだけで、どうにもならない。結果、宗教だったり、わけのらからないセミナーやらそんな無駄なことに手を出してしまうことになりかねない。

かくいう自分も、そこまででではないが、クスリ、酒、その他、何かに依存して、気を紛らわしている。

結局、現状を受け入れるか、抗うのか、その二択な気がする。ベターなのは前者で、現状をとにかく受け入れてしまって、その中でやるべき事をして、後はその中に小さな幸せに「気付く」しかないと思う。

生活できるお金がある。最低限の健康がある。それだけでも平均以上の暮らしが出来ていると言ってもいいだろう。

と、頭ではわかるんだがどうしても気持ちが、気持ちが納得いかないのだ。

ここから、どう気持ちをもっていけば腑に落ちるのだろうか。

頭と気持ちの葛藤。