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大人になりきれないおとなの日記みたいなもの

生き辛さや、その時感じた感情など、なかなか他人には言えない事をつらつらと書いていこうかなと。

生きるために会社に殺される時代

再三書いてきた通り、生きるためにはお金が必要で、そのために会社で自分の時間と引き換えにお金を稼いでいる。と同時におまけにストレスももらっている。

今の時代、会社はどれだけ人員を削って、人件費を削って、そして利益を確保するか、そういうシステムになってしまった。

当然、社員にのしかかる責任と物量は増える一方だ。そしてストレスまみれの生活。

整理すると、

生きる→金が必要→労働する→精神的苦痛→死にたくなる

というわけだ。死にたくなるならまだいいが、実際に行動に移してしまう人が後を絶たない現実。自殺大国日本。生きるために、結果として会社に殺されるわけだ。こんな行動に意味があるわけない。

では、どうしたらこの負のスパイラルから逃れられるのか。正直、全く思い浮かばない。せいぜい自分で独立するか。しかし、独立はあまりにもリスクが大きいかけだ。

この状況があと数十年も続くのかと思うと…

ますますわからなくなる、何故生きるのか?

なんかいいことないかな

と言う感覚、なんなんだろうか?

いいことって何?

自分でもよくわからない。でも必ず口にしてしまうこの言葉。単に現状に対する不満がこの言葉に繋がってるだけなのかなと。

今がたまらなく、楽しいと思えず、その現状をただどうにかしたいだけのこと。だから、具体的に何かが何なのかは自分でもわからない。

今日も仕事だけの、くだらない1日だった。今、酒を飲みながらこれを打っている。

でも、もし明日倒れて、実は大病ですと告知されたら、きっと、昨日までの生活がなんて幸福だったのだろうと思い知るのだ。

そんなもんなんだろうな。

足るを知る。そういうことなのか?

もう寝ないとやばい時間。

でも寝たくない気持ちもあって、YouTubeなんとなくみてた。

人間は苦手だけど、動物は大好きで、特に犬が大好き。

本当に他愛もない話かもしれない。内容は兵役を終えた人が家に戻り、飼っている犬に再会する、ただそれだけの話。興味のない人には、ふーんかもしれない。

でも、自分にとっては、犬の素直な感情の表現に涙がとまらなかった。

あえなかった飼い主に久しぶりに会えて、体全体で喜びを表現している犬の姿。

その犬に喜びを表現している軍人。きっと戦地では色々なことがあったことだろう。

でも、犬にはそんなことは関係ない。会いたかった主人との再会。その主人も様々な事情は横に置いといて、いまはその犬との再会に喜んでいる。

ただそれだけのことに涙が溢れてとまらなかった。なんなんだろうか?

羨ましさ、優しさ、そんな感情かな。

涙はこころを洗い流してくれる。

ありがとう。おやすみなさい。

幸せに過ごすには

この問いの答えは…

必要かなと思うものを考えると、

・時間

・必要ならお金

・人間関係

・興味

この中のいくつかを組み合わせる。

今の自分にとってこの中で一番足りないものは、「興味」かな。そもそも、興味とは?

あれをしたいとか、あれが欲しいとか、そういった欲望、ん〜、欲望か。

物欲なら多少はある。でも物欲では幸せはほんの一瞬で消え去ってしまう。消え去らない幸せとは何か。少なくとも今の自分は持ってない。

人によっての幸せの定義はそれぞれだろう。それを決めるのは自身の問題。だとすると自分にとっての幸せとは何か?

「ない」

そもそもの問題はここなんだ。したいことが特にない。無気力、無感動とでも言うのか。とにかく流されて生きている。全てがそう。いつからこうなったのかな。そもそも、子供の頃、野球選手に憧れた位で後にも先にもそれ以降、その様な感覚を持ったことがない様な気がするのだ。

人生ってそんなもんなのかな?

流されて生きて、死んで行くだけ。

その途中途中に、人それぞれの、イベントの様なものが現れ、それが楽しいものだったり辛いものだったり。そしてまた流されて行く。その繰り返し。

それって、どうなんだ?楽しいのか?意味があるのか?

そこなんだ、今自分にとっての大きな悩みは。

とうしても無意味に感じてしまう「生」

考えたって答えなんかないことはわかってはいる。いや、いるつもりなのかな。でも、何らかの対処法を体得しないと、生きている間中、この悩みは続く。ジワジワくる苦しみ。激痛ではないが。でも苦しいんだ。解放されたい。

仕事は楽しいかね?

これは本のタイトルだ。

最近、これの漫画バージョンを読んだ。正確には7割くらい読んだところ。

この本が言いたいことをかいつまんでいうと、仕事が楽しいと思うためには、日々の改善が大事という事。何かを日々試し、失敗しても構わない。成長していく気構えが大事だ。ということのようだ。

言いたいことは分からなくはない。確かに、夢や希望、やる気を持っていて、でも何か物足りない。という悩みを持って、仕事がマンネリ化しているような人にはためにもなるのかなと。

ただし、この主人公はサラリーマンではなく、夢を追いかけているアルバイターで、その雇い主もカフェ経営という個人経営者。良くも悪くも自分の考えがストレートに仕事に直結でき、かつ失敗する可能性はあるにせよ、何をするにも即効性がある立場だ。

しかし、サラリーマンで自分の担当する仕事に対し、改善や変更を加えようとするのはとても労力がいるし、何より余程の立場の人でも無い限り、現状維持が精一杯で何より人手が足りないから仕事に追いかけ回されている状況ではなかろうか?

その仕事に対し、心身共疲弊しているのが最大の悩みなのだ。それが大半のサラリーマンの姿ではなかろうか?

この本の言っていることは至極正論だが、あまりにも現実とかけ離れていて、とても実行できるものでは無いというのが感想だ。

ま、自分の場合、行きていく夢や希望、目的意識が無いというのが最大の悩みなので、この本の提案の斜め下を行っているのだが。

森田療法

以前から森田療法は知っていたし、ネットで調べたり、本も読んだし、ある程度は理解しているつもりだ。

胆は気分や感情に行動を支配されるのではなく、気分はそのままで、目の前にあるやるべき事をただやる。やっているうちに、嫌な気分も解消されてくる。という様な感じだ。

言ってることはわかるし、自分にもその経験はある。な~んだ、やっちゃえば出来るじゃん、みたいな感じだ。ただ全ての事柄に適用できるかと言えば、やはりどうしても感情に行動が支配されてしまう。言うは易というやつだ。

最近、本当に心の調子が良くない。常に沈みがちでやる気が出ず、何もかもがめんどくさい。特に仕事に全く身が入らない。よくあんなに一生懸命働けるものだなと同僚や上司を眺めている。

しかし、様々な言い分はあるが、とにかく働かなければ何も出来ない。もし明日から会社を無断欠勤して、最悪やめる羽目にでもなったら、きっと後悔することは容易に想像つく。

でだ。話は最初に戻り、とにかく、感情は無視し、やらなければいけない事を黙々とやってみることにする。不平、不満、矛盾、不平等、その他納得いかないことだらけな仕事ではあるが、とにかく暫くは、所謂、気分本意ではなく、目的本意でやってみることにする。継続はなんとかというし。

なんとか、現状を打破できる一歩を踏み出したい。

このまま生きていくのは本当に辛い。

ストレスの対価

受けたストレス≒賃金

これは間違いない事だろう。その職種や立場によって係数は変わってくるだろうが。

しかし、生きていくためにはお金が必要なのはわかるが、これだけ様々なストレスに耐え、お金を得て、生きていく。この事にどれだけの価値があるのか?

人生の自由に使える時間は本当に少ない。将来仕事から解放されても、ヨボヨボの身体、おそらくもらえないであろう年金問題。これらをどう乗り越えて、何をしていけというのか?

貧困老後が待ってるだけ?

いま、この現在をどう生きるのが正しいのか?

こんな考え方は異常なのか?

とても虚しい現実。

民主主義、社会主義、もし、真っ当な社会主義が可能ならば、今よりはまともな、人としての生活ができる気がするが、人間は権力を握れば利己的になるし、労働階級はきっとまともには働かず怠けるだろう。だから、まともな社会主義国家などこの地球上には存在していない。

平等な生き方が人間に出来たならば、もう少しまともな生き方が出来るのかな。