読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

大人になりきれないおとなの日記みたいなもの

生き辛さや、その時感じた感情など、なかなか他人には言えない事をつらつらと書いていこうかなと。

色々な生き方

ホームレスの生き方という内容の記事を読んだ。色々な体験談があって、何というか衝撃を受けた感じ。自分の中では、将来の選択というか結果の1つとしてホームレスという生き方もありうるという事も考えている部分もあったからだ。勿論、極力避けたいとは思うが、街で見かけると他人事には思えなかったのも事実だ。

だが、やはりここにも立場変わればの生き地獄が存在していて、生きるという選択をするからには苦痛を伴いながらの生き方になるようだ。

ま、ちょっと考えればあの生き方が良いと言う人は殆どいないであろうことは想像に難くない。

その記事の中で特に強調されていたのは、四季の寒暖差と食べ物。それと人の目らしい。今自分はどれにもにも困ってはいない。暖かい布団で寝起きできてるし、食べ物もだいたいは食べたい物を食べている。この生き方はある立場の人から見れば羨ましいと妬まれるようなものなのか。

結局のところ、今自分が生きている状況を受け入れる以外に、生きるという選択をする限りにおいては、どうにもこうにもならないということなのだろう。他人を見ればみんな青い芝生に見えるし、自分が不公平で理不尽としか思えない。しかしそれでもそれを受け入れ、ある意味諦め、生きていくしかないのか。ますます、生きることの無意味さを感じてしまう。

何故生きなければならないのか?

これはひとりひとり答えを出すしかないし、あるいは答えが出せないまま終わるのかもしれない。

生きること

現実が苦しい。なのに生きている自分に矛盾を感じる。どうしてもそこに目がいってしまう。現実とは生きると言う事。人に生まれて来たことはどんな意味があるのか?いや、そこに意味など無いことはわかっているつもり。でも、この矛盾にどうしても納得がいかないのだ。

なぜ生きることはこんなにも辛く苦しいものなのか?では死ぬか?それは楽になることなのか?わからない。体験してないから。

いつもここの堂々巡り。

辛く生きるのも、楽しく生きるのも人生ならば、少しでも楽しく生きたいと思うもの。このまま進んだ先に、その楽しさがあるのか?

人は過去を思い、未来に悩む。だから今を精一杯生きていれば良い。それは頭ではわかるつもりだ。でも、どうしても感情が納得いかない。過去に後悔し、未来に不安を感じる。今などただ苦しいだけ。どこにも安住の地がない感じだ。明日がまた来る。答えは出ない。

寝よう。

出来ることをやればいいんだ

いつも不安にかられてる

でも、それはどうにもならない

それはそれとして、出来ることを自分なりにやるしかない

それで失敗したらそれはそれ

何とかなるんだよ

それでいいんだ

逃げることが一番よろしくない

でも、どうにもならなくなったら逃げてもいい

そう思っていればこころが少し楽になる

それでいいんだそれで

不安発生器

不安を抱く。これは大なり小なり生きている限り人が抱える悩みだろう。不安が楽しいと考えてる人なんていないだろうし、もしいたなら羨ましい限りだ。

この不安は、脳が反射的に発生させている感情。その人が過去に体験した事実に基づき発生させている感情と自分は思ってる。だから、その人の経験値によって同じ事象に対してでも、人によって違った不安の大きさ、種類になる。

自分はこの不安が人より大きく発生してしまい、直ぐ落ち込み、テンパってしまいがちだ。とは言え、そこから逃げ出したら今までなんとか手にしていたものが全てと迄は言わないが、かなりの部分が消失するだろう。と、思っているので今は逃げることが出来ない。

要は行くも地獄退くも地獄、大げさかもしれないがそんな感覚を持っている。

自分だけではなく、全ての今を生きている人は自分のやるべきこと、もしくはやらなければならないことを我慢してでもやっている。そんなところだろうか。

しかし、不安から解放されるにはそれしかないと思う。やるしかないんだ。逃げても不安はついて来て、更に大きくのしかかってくる。ほんと厄介な奴だ。

この考え方は、自分では森田療法の考え方だと認識している。詳しい人から言わせたら異論もあろうが。

しかし、どうしても考えてしまうのは、このやり方は今を生きる術であって、じゃあ、この先はどうなるの?という極単純な疑問が頭から離れないのだ。

この状況が死ぬまで、もしくは働いている間中続くのか?そして、いつもの疑問をループしてしまうのだ。

なんのために生きてるんだろうか?

今をなんとか生き延びたとして、将来は?そもそもなんのため?

今、とあるメソッドを読み、聴き、見て、自分に合うものなのかどうか試している。もし、書く機会、書きたいと思ったらアップしてみるつもりだ。

気分転換

今日は有給をとってとにかく休んだ。いつも通り起きて、天井を見つめぼーとしたり、スマホいじったり、とにかく適当〜に午前中過ごした。晴れやかなとは違うけど、なんとなく気分転換にはなった気がする。

たまには休んだ方が良いんだ。権利は使うためにあるんだから。ここはサラリーマンの特典みたいなもの。自営の人にはない。自営は休んだら無給だ。ま、どちらが良いかは別問題だが。

とにかく、やすんで気分転換した。午後からは雨も上がったので近くを散歩して歩いた。

何か行動を起こす。自分で決めて、何かをするんだ。正直、いちにちふつか休んだって仕事は回る。迷惑はお互い様なんだ。逆の場合も経験している。それで良いのだ。最終的には有給は使い切らずに消滅しているんだ。使い切ってるやつなんてほとんどいない。逆にそういう奴はみんなから本音では嫌がられているが、でもそれで良いとその人が思ってるのならそれで良いのだ。なんか、そんな事を今日思った。

サラリーマン、使える利点や権利は使っていこう!

無常

無常。常は無い、つまり同じ今の状況がこのまま続くということは無いということ。なにかしらの変化が起こるということ。

今が不幸せな人にとっては魔法の言葉。今が幸せな人にとっては悪魔の言葉。当然、私にとっては魔法の言葉。

今が続くなんて、考えただけでも辛くなってくる。しかし、変化は必ずしもいい変化とは限らないわけで…。これ以上、苦しくなるのは考えたくない。無理。

確かに、今まで仕事に限らず、同じ状況や環境が続いたことはない。良いこと悪いこと、両方変化が訪れてきた。だから、今の状況も今後いつかはわからないが、必ず変化は訪れるはずだ。今はそれにほんの少しの希望を抱いている。しかし、こと仕事に限っていえば、自分の場合、どんどん悪くなっているのが現状。果たして次回の変化は如何に⁉︎

 

ほんの少しでいい、好転してくれ。

サラリーマンの愚痴

そう、サラリーマンならあるあるだろう。サラリーマン特有のと言うか、人数が集まり、そこに上下関係が発生した時なら、発生するであろう理不尽、不平等、etc…

  • 言ってること変わってんじゃん!
  • それ俺に言う!
  • お前の仕事だろ!
  • 人増やせよ!

ま〜、色々出ますわな。いろんな愚痴。自分に言わせりゃ正論だと思うんだけど、あの人たちにとってはどうも違うらしい。

なんで俺、サラリーマンなんかやってんだろう。どう考えても職業選択ミスだと思う。とは言え、じゃあ何になれる?

近くで見渡すと、経営が成り立っている床屋、整体師、パン屋…

しかし、この成功者は敗北者の上に成り立っているいわば勝ち組であって、割合で言ったらほんの一握りの人達である。自営業者の生き残り率の低さは異常としか思えないほど低い。

なりたいけど…、怖い、失敗した時が。日本はやり直しがとてもしにくいシステムだ。一度道を踏み外すと軌道修正は本当に難しい。

自分にも今思えばああしておけばよかったと思う分岐点がいくつかある。しかし、選択の結果、現在に至っている。お金にはとりあえず今は困ってないが、精神的には本当にきつい。将来を思うと本当にお先真っ暗な気分になる。

甘いのかな、俺は。しかし、いつも思う何のために働いているのか?

目の前のやるべきことをやればいい。うん、確かに出来なくはないが、で?

この問いの答えが見つからない。ただ生存するのが目的としか、答えが出てこない。そんな『生』になんの意味があるのか?

苦しんで苦しんで、ほんのほんのわずかの幸福感を得て、また苦しんで。

これが人生というものなのか?と考えてしまう。自分は人としてのレベルが低いからそんな考えしか浮かばないのかな。もっとレベルの高い人には分かる事があるのかな。