大人になりきれないおとなの日記みたいなもの

生き辛さや、その時感じた感情など、なかなか他人には言えない事をつらつらと書いていこうかなと。

仕事が好き⁉︎

本、ネット、身の回りなどにこう言っている人達がいる。ほんとなの?が自分の本音。

自分にとっての最大のストレッサーは仕事であって、とてもではないが好きなんて真逆だ。ただ、ある時ある瞬間、達成感みたいなものを感じる時はあるが、それとこれとは別物。

では何故こう言える人がいるのだろう。比率で言えば、これは自分の感覚であって、正しいかどうかは分からないが、たぶん少数派だろう。大体の人がお金のために、仕方なく我慢してやっているというイメージだ。お金のためであって、やり甲斐やら、生き甲斐だなんて思ってはいないだろう。違うのかな?自分が少数派なのか?

しかし、本当に生きるということと、仕事の関係はとても複雑だ。人間は群れの中で生きる動物。一匹狼で生きていくことはできる人はいるのかもしれないけど、自分には無理そうだ。仕事辞めたとしたら、社会との繋がりそのものがなくなり、人との交流が途絶えてしまう気がする。ま、その後で何かしらの社会との接点となりそうなものを見つける事になるんだろうが。

人生を構成しているものは、

お金、時間、仕事、人間関係、ストレス

こんな感じかな、ざっくり言うと。

コミュ力

コミュ力、コミュニケーション能力なわけだが、社会人にとって何が一番大事かと聞かれたら、自分ならこれを一番にあげる。それと一般常識くらいあれば、生きていくにはなんの問題もないと言っていいくらいだ。

どうあがいたって人として生きていくには、人との交わりが絶対不可欠。よっぽど何か特殊な能力に秀でた天才でもない限り。

どんなに頭が良かろうが、それこそ東大主席で卒業したとしても、この能力が全くないような人は、まず使い物にならないだろう。

自分は社会に出て一番感じたのは、自分の考えを持っている人。それを他人に伝える事が出来る人。ある時はその考えを押し通すくらいの我が強い人。こういう人はだいたい人の上に立つ、所謂出来る人と言われるような人だ。

それにはコミュ力がないと話にならない。結局は人の意見で、人の顔色を見て生きていき、他人の評価でしか自分を推し量る事が出来なくなる。

そのためには何をしたらいいか。自分が思うに、育った家庭環境が一番大事だと思う。親子関係の中、兄弟との関係の中でどのように育てられたか。おそらくこれがちゃんと出来ている家庭で育てば、土台はしっかりする。

あとは、友人関係だったりするがこれは自分の責任範疇。この辺りは運もあるかもしれない。

要は、親の存在が大きいと思う。特に、幼少期どのように育てられたかだ。これはその子供にはなんの責任もないと思う。あとは、持って生まれた資質みたいなものもあるかもしれない。

自分はこの能力にたけてないので、とても苦労している。ストレスを大きく感じながらなんとかやって行ってる感じだろうか。

なんなんだろうね

生きたいと思っている人が死んで、特段、生きていたいと思っていない人がまだ生きている。

生きる事ってなんなんだろうか?

自分に死の宣告がなされたとしたら違った感情が湧くのだろうか?

彼女はこの終わり方で幸せだっんだろうか?幸せってことはないだろうが、未練は残るだろうし。しかし、ん〜、本当のところは本人と極周辺の人しかわからない事だろうが、人生の終盤は幸せだったんだろうと思いたい。

自分はどんな最期を迎えるのだろうか。現状精神的にはお話にならないくらい無価値な生き方を選択してしまっている。ただ生きてるだけだ。なにもしてないのと同じ。たまたま生まれて、なんとなく生きていて、そのまま死期がきたら死んでいくだけ。なにも残さない。

この2人の問題だし、なにも知らない他人がとやかくいうことではないが、なんか虚しい。このニュースをみたとき、そう思った。

死んだらどうなるのだろう

死んだらどうなるのだろうか?とても興味がある問いだ。

死後の世界、魂の世界みたいなものがあるのか。それとも何もない、自分が望む世界なのか。とりあえず、有りなのか無しなのか、知りたい。

死んでまで自分の意識を持ちたくはないのだ。仮にそれが幸福感に満ちた世界であろうが、まっぴらごめんだ。しかし、体験してないし、体験談もあるようだが、それをどう信じろと?

あの世は人間が作り出した、死の恐怖を抑え込む方法だと思う。死んでも次の世界があなたにはあるんだと思わせることで、死からの恐怖を取り払っている。そして、それを金儲けにしている一部の団体が宗教団体がいるのも事実。宗教家が私腹を肥やしている時点でその宗教は信用に値しないと思っている。

ん〜、とはいえ、本当にこの世界が全て偶然で出来上がってるのだろうか。宇宙なんて何あれ?そう考えると人知を超えた存在を設定したくなる気持ちもわかる。それが神?

神の存在とあの世の存在は別物かな。

色々疑問があるが答えはわからない。

一度、死んでみないと… 

ほどほど

何事もほどほどが良いのだろう。

仕事しかり、遊びしかり、なにより生き方しかり。言い方を変えれば、適当がいい。別に適当というのは悪い意味では無い。何故か適当と聞くと悪いイメージを持つが、本来の意味は度合いがちょうど良いこと、ふさわしいことという意味だ。全く悪い意味は入っていない。

自分の命や人生、時間、そんなものに比べたら会社なんかどうでもいい。木っ端微塵になくなろうが、どうなろうがかまやしない。お金の心配はその時真剣に考えることにしよう。

他人様との付き合いだってあまり変わらない。嫌なら関係を断つ。続けたい関係なら続くよう適当に頑張る、それで駄目になるならしょうがないことだ。

人生だって、必要以上に頑張る意味なんてない。ちょうど良い加減、適当なところでいいんだ。変に頑張って心身ともに崩すくらいなら適当な落としどころを見つけた方がいい。

問題は、それぞれの適当の探し方、ここが丁度いいとこだろうとどう判断できるのかということか。

いま思いつくのは、これ以上は苦しい領域に入るはと感じたら、やめればいい、とめればいい。何を頑張って、少し先に進もうが、最後はみんな死んで無になるのだから。

理想は、死ぬ瞬間に一文無しとなり、何もこの世に残さないで逝けることが一番いいがそれはあり得そうもない。なるべくその状態に近づけられればそれで良い。

何となく、刹那的な生き方にも聞こえるが、それはそれで良いような気がしてきている。

ニュースを見ると、利権を持ってる人だけがうまい汁を吸ってるようにも見えるが、きっとその人たちにも何かしらの悩みがあり、やがては死ぬ。その利権を得るためにしてきた努力だってあるのだろう。その結果として甘い汁を吸ってるのかもしれない。なんかそう考えるともうどうでも良いやって気になる。

生まれてきたことが苦行なら、そして生きていくことを選ぶなら、なるべく上手く生きて死んでいきたいものだと思う。

どうせ人生は、死ぬまでの暇つぶしなんだから。

孤独とは?

自分は現在バツイチの独身者。特にこの先決まった相手はいないし、結婚に対してもそんなに興味はない。

しかし、休日になるとなんとも言えない不安というか、恐怖というか、そんな感情に襲われるとこがある。友人関係も希薄なので、ひとりで過ごす時間が多い。それはそれで楽なんだが、この先、どうなるのだろうという感覚は正直ある。でも、そのために、その不安みたいなものを埋める手段として結婚というのはどうなんだろう。正しいのだろうか?

自分は好きになった人と結婚した、つもりでいたというべきか。

しかし、結果は離婚となった。自分的には正直納得はいってない。しかし、相手あってのことなので、そこは相手の意思を尊重したかたちになった。

過去はどうにもならないので、学ぶべき点があれば吸収していきたいと思っている。

本題に戻ると、果たして孤独とはどういう状況を指すのだろうか?そもそも孤独というのはいけないことなのだろうか?

孤独の反意語を調べるとどうもはっきりとしない。連帯とか群衆とかいまいちピンとこない。

孤独を愛する人もいる。群れることを嫌い、全てひとりで、が基準。自分もどちらかと言えば孤独が好きな方だとは思っている。

しかし、前述したような感覚もある。その大きな要因の1つに時間の無駄遣いがあると思っている。例えば趣味だったり、もっと言えば生きがいのようなもの。これをやってる時は幸せを感じるというような。

自分は時間を有効に使えていない。ただ浪費しているといってもいい。なぜこうなったのだろう…

そもそも、人と交わる事が怖かったし、億劫だった。結果としてひとりで過ごす時間が増えた。それを自分は孤独が好きだと錯覚してるのだろうか?

では、適度な連帯というか、触れ合いというか、そういうものってどう構築するのだろう?それはどんな関係をさす?

人と交わるのは喜でもあり苦でもある。

どちらにも良い面悪い面があると思う。

孤独とは、他人を排除することではなく、共存しつつ、でも、群れず、自分の可能な範囲で自由を楽しめること、かな。

今の自分は違う。

したいことが無いなら

前回の続き的な事になるが、したいことが無い状態でこの後何年も生きていく。仮の話になるが仕事から解放されても同じこと。もしかしたら、したいことがなく、しなければならないことからも解放されたら、本当にただ毎日を無為に過ごす、ボケた生き物がそこにいるだろう。

そんな状況は長くは持たない、精神的に。

 

ふと思う、死にたい。

死の世界に行けば、無が待っている。

消極的な希望だが、唯一、無が希望だ。

無になりたい、何にも無い世界。

病的なのかな。